宝くじの歴史
宝くじは、日本において「富くじ」として発祥しました。
「富くじ」の起源は、江戸時代初期に現在の大阪府にある瀧安寺で、正月に僧侶が3人の当せん者を選びだし、その3人に幸運をもたらすとされるお守りを授けたのが由来とされています。
その後、次第にくじの当せん者に金銭を分配するような動きが広まると、徳川幕府は、1692年には「富くじ」の禁令を発令します。
その後幕府は寺社にのみ、修復費用調達の手段として、「富くじ」の発売を許可しました。」これは天下御免の富くじ「御免富」と呼ばれました。
谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、そして湯島天神の御免富が、特に“江戸の三富”として知られています。
その後1842年に幕府財政の再興を目的とした天保の改革によって、富くじは歴史から姿を消します。
そして太平洋戦争が終結した直後の1945年10月、政府は戦後の激しいインフレを防止する目的を持って「政府第1回宝籤」を発売しました。このときから、いわゆる「宝くじ」という呼ばれ方がされるようになりました。ちなみに、1等賞金は当時のお金で10万円でした。

その当時に政府が発行した「第1回宝くじ宣伝ポスター」

第1回宝くじの抽せん会で使われた「箱型抽せん器」
その後は、戦災によって荒廃した地方自治体の復興資金調達のため、各都道府県が独自で宝くじを発売できることとなりました。政府くじは1954年に廃止され、その後は地方自治体が独自又は共同で発売する「地方くじ」のみが残りました。
その流れを受けて、全国自治宝くじ、東京都宝くじ、関東・中部・東北自治宝くじ 、近畿宝くじ、西日本宝くじという5つのブロックが出来上がり、現在に至っています。